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役者を追う観客に向けられるライト

ー劇団解体社「遊行の景色ー戦争身体」ー

小林明仁


解体社の公演は、2001年9月11日を挟んでハンブルグとデュッセルドルフで観て以来、野外移動劇では、湾岸戦争の年の1991年に川口で観て以来。しかも今回は "米・イラク戦争" 参戦中のオーストラリア大使館での日豪コラボレーション公演。風邪で体調最悪の中、どうにか必死でここ麻布の地に辿り着いた次第。

入場の際、ボディ・チェックと持ち物検査をされ、モダンな建物の入り口のオープンスペースへ。そこではすでに、難民の行脚が演じられ、観客は周りをぐるっと取り巻いている。程なく立って観ているのが辛くなり、コンクリートの上にダイレクトに座るとその冷たさが身に凍みる。20分ほど続いた難民の行進に異変が生じ、戦争状況に攻囲され逃げ惑う群れの身体が演じられる。

現代の危機的状況に傷ついた姿態を表象した役者たちが大使館の建物の中に去った後を追う私たち観客の群れ。総勢200名もが近代建築を通り抜けた先には、見事な桜が満開の夢幻の世界が現前していた。ライトアップされて美しい日本庭園と、そこで演じられるリアルでない役者の身体と向き合っていると、死の世界や湾岸戦争以降のクルド人の悲惨な状況が想起される。とりわけ体調不良で真っ先に抹殺されそうな私には、弱者の置かれている境遇が痛いほど身につまされた。

熊本賢治郎演ずる男の「皆殺しだ !」の声に応じてライトが消えると、辺りは殺伐とした空間に豹変する。ライトが観客に向けられ、一転して我々は監視されていることが暗示される。役者は再び建物の中へ、そしてそれを追う私たち観客の群れ。

暖かい地下室のホールで行われる第3場。監視カメラと蹂躙される生身の身体表現によって、仮想現実とリアルな状況が交錯し、見え難くなっている危険な現代社会が照射される。本公演が無事に開催できたのは日本政府のイラク攻撃支持の御陰、な訳はないだろうが、国際法上不可侵権が認められる大使館という場で、こんな政治的な想像力を問う作品が上演された意味は大きい。

ミュージック・マガジン 2003年5月号