03.jpg

[・・・]まずわれわれは横に長く伸びるプラットホームの上にいた。暗い深淵の向こうにもう一つのホームがあり、その向こうの眼下に町が広がっている。頻繁に通り過ぎていく電車の窓が光の筋を何本もつくる。ネオンの光が暗く明滅する。暗いホームの上で、にぶい光に浮かぶシルエットのように、役者たちが集団肖像画のモデルのようなポーズをとって静止している。ホームの一角にスポットライトがあてられ、そこに花嫁衣装の女が現れる。彼女はわずかに首をかしげるようなポーズで、かすかに震えながら、ゆっくりと移動していく。わたしたちのまえから段々と遠ざかり、プラットホームのはしのほうにいき、そこにたたずみ、静止する。あるいは身を揺らしはじめるとき、集団肖像画のシルエットが緩み、そのなかから抜けでた役者たちが、台詞をつぶやきながら、ホームを自然体で歩きはじめる。そのつぶやきがスピーカーから流れてくる。声は肉体から分離され、広大な薄やみのなかを漂いはじめる。時折、かなたの花嫁のすがたに目をやりながら、ホームを歩いている黒衣の男たちを見ていると、キリコの絵のような寂寥感が伝わってくる。この絵のむこうにどのようなドラマがあるのか、それが霊たちの交接しあうアンチ・キリスト論の世界であるとはなんという発想だろうか。[・・・]

鴻 英良「言葉のリズムはドラマに寄りそう」 より一部抜粋
新劇 1987年3月号