Symposium




身体性の喪失


…さらにあのノートには言い足すべきことがある。「いわゆる人間性の決定的な消滅」はまた、従来の意味での人間的言説の決定的な消滅を意味する、ということである。ホモ・サピエンス種の動物となる人間は以降、音響サイン、あるいは身振りサインに条件反射的に反応し行動することになり、彼らの「ロゴス」はいわゆる「蜜蜂の言語」に似たものとなるはずである。従って、哲学、あるいはロゴス的な知の探求行為だけではなく、知そのものが消滅することになるはずである。歴史の完了後の動物にはもはや、「世界および自身に関する言説的認識」はあり得ないだろうからである。(1)


…私のいう「戦争身体」とは、ほかならぬ私たちのこの「身体」が戦争によって見いだされてきたことを表しているのだが、それはまず「人間」によって、「人間」と「身体」が区別されることから始まる。つまり「身体」は「人間」ではないということだ。「人間」は「身体」を「人間」よりも劣位に置き、かつこれを、このままでは生きるにあたいしない野蛮な動物のようなものとみなす。「人間」はいう、「身体」は放っておけば何をしでかすかわからない、だから啓蒙によってこれを「人間」へと導くのだ、と。まさにこのような啓蒙の果てが「戦争の世紀」を生み出したのであると考えるなら、「戦争身体」は、「身体」をこのように考える「人間」へのひとつの応答であり、あくまでこの関係においてのみ生起する幻影なのである。それは見えない、つまり「戦争身体」は戦争を表象することができない、もとよりそれは不可能なのである。「人間」である限り「身体」を見ることはできないからだ。そして通常、私たち観客は「人間」である。
…9.11——それはおそらく「人間」と「身体」の区別そのものが、あとかたもなく破砕され、かつ両者が合一したことを意味している。「人間身体」の誕生——それは「グローバル化された戦争身体」の全面的な出現にほかならない。(2)


…彼女はよく喋るようになった。区職員に連れて行かれるときに置いていった彼女の荷物がないと言っていた。お金がなくなっているということだった。彼女は全てを持っていったではないか。清潔になった彼女には、再び多くの施しが与えられるようになった。彼女は食べきれない程の量の食べ物を施され、日に日に元気になっていった。朝方には彼女が煙草をふかして道行く人たちを眺める姿が何度も見られた。車椅子のお陰で彼女はあちこちに移動していた。しかし、彼女は車椅子から起きることはないので、やはり糞尿は垂れ流しであったが、たまにゴミ箱に自らの便を捨てていた。彼女の足はとても悪いようで、病院では足を切り落とさないと命が危ないと言われたらしい。彼女はその手術を断った。そして施設に入る事も断ったのである。区職員によると、本人が希望しない限りは無理矢理手術も出来ないし、施設に入れることも出来ないということだった。そして、他の公園利用者からの苦情があったとしても、彼女は車椅子に乗っているのであり、公園に住んでいるのではないから強制退去を迫ることも出来ないし、公園の一歩外に出してもまたすぐに戻ってくるだろうから、彼女をあのまま放置することしか出来ないということであった。隣の派出所の警官も公園内にいる限りは管轄外であることと、本人の希望がないということと、彼女が犯罪を犯しているのではないから何の取り締まりも出来ないとのことである。彼女は車椅子に座り、糞尿を垂れ流し、そして様々な人から施されているだけなのである。彼女は権利を放棄している、または使用しないでいる代わりにあらゆる義務からも解放されている。区役所も警察も彼女には何も出来ず、彼女を放置しておくことを、彼らの制度によって説明するのである。彼女は何の違反者でもないと。

…彼女を見ながら「あそこまでいって、どうして自殺しないんでしょう。俺だったら自殺する。」と何人かが言っていた。彼女は自殺しない。自殺する理由がない。自殺をするのは私たちなのである。(3)


(1) アレクサンドル・コジェーヴ『歴史の完了についての二つのノート』丹生谷貴志 訳、季刊「GS」vol4所収、1986年、UPU
(2) 清水信臣『劇団解体社ワールドツアーを終えて』、viewpoint20、セゾン文化財団、2002年2月
(3) 佐々木治己『黒門児童遊園』、2009年12月
日程/ Schedule
2011年11月/20日 [日]19:00〜21:30
会場/ Space
伊丹アイホール  Tel: 072-782-2000 Fax: 072-782-8880
パネラー
ズミグニェフ・シュムスキ(テアトル・シネマ/演出家)、カタジナ・ロトキェヴィチ=シュムスカ(テアトル・シネマ/美術家、清水信臣(劇団解体社/演出家、田中孝弥(清流劇場/演出家)、大貫隆史(批評理論)
【司会】鴻 英良(演劇批評家) 【通訳】久山宏一
料金/Ticket
1000円(全日)
申し込み・問い合わせ/ Booking
日本演出家協会セミナー Tel/ Fax 03-5909-3074(日本演出家協会) 
090-6510-5549(担当: 佐々木)

関連企画

ビデオレクチャー『The Posthuman Theatre』(上映会とレクチャー)講師・清水信臣

日程/ Schedule
2011年11月/19日[土]・20日 [日]14:00〜18:00
会場/ Space
伊丹アイホール カルチャールームA  Tel: 072-782-2000 Fax: 072-782-8880
※二日間の継続したレクチャーになりますが、一日のみの参加もできます。
料金/Ticket
1000円(全日)
申し込み・問い合わせ/ Booking
日本演出家協会セミナー Tel/ Fax 03-5909-3074(日本演出家協会) 
090-6510-5549(担当: 佐々木)